伊南「医療・福祉問題」検討・懇談会への問題提起
2006 . 7 . 12 


過疎農村住民の命と暮らし

 

清水修二(福島大学経済経営学類)




1.農村の医療・福祉をめぐる環境

 最初に、このところ非常に話題になっている「医師不足」の深刻化について触れたいと思います。医師が不足しているといいますが、医師の数が日本で絶対的に足りないのではなく、まず地域的に偏っている。都市部には医者がいるけれども過疎農村にいないという地域的な偏在があります。第2に、診療科の偏りです。最近言われているのが産科と小児科の医師不足です。いずれも仕事がハードでトラブルも多い診療科ですから、若いお医者さんが敬遠する。第3に、病院の勤務医が不足するという問題があります。国見町の藤田病院などでは、勤務医の勤務条件があまりにきついので、開業に転じてしまう。それで休診しなければならない診療科が出てしまうという話です。医師不足の問題はこのように結構複雑なようです。

 次の問題は「農村財政の先行き不安」です。三位一体の改革の中で補助金の削減と税源移譲は一段落しまして、次の改革の焦点は地方交付税改革だと見られています。すでに交付税はかなり大幅に削られてきています。農村を支えるという性格がだんだん稀薄になってきて、都市部を重視するしくみに転換しつつあります。交付税に依存する度合いのきわめて大きい南会津町のような農村自治体は、国の財政的支援を期待することができなくなる環境の中で仕事をしなければならない。したがって伊南地区の住民も、「行政依存」から「住民力に依拠する」医療福祉に変えていく努力が必要です。長野県栄村では「下駄履きヘルパー」といって、住民みずからがヘルパーの資格をとり、地区で高齢者を支えるしくみを作っています。

 三番目に挙げなければならないのは、医療保険や介護保険制度の改革です。国民健康保険の財政が苦しくなり、保険税の収納率を上げるために「被保険者資格証明書」の発行がふえていると伝えられています。保険税(保険料)の長期滞納者に保険証の返還を求め、代わりに資格証明書を渡す。渡された人は、医療を受けることはできますが、とりあえず治療費を全額自己負担しなければならない。そのようにして事実上「国民皆保険」から排除される人がふえているということです。介護保険についても、要介護認定者数の増加に対処するための制度改革が行われたばかりです。施設に入っている被介護者の自己負担が大幅に引き上げになりました。高齢化の進展にともなう国民医療費や介護費用の膨張が背景にあるのは言うまでもありません。「医療福祉の質を落とさずに医療福祉費を抑制する」科学的な方法を探っていくのは国民的な課題です。

 こうして見てくると、伊南地区のような農村地域の医療や福祉、ひいては住民の暮らしの環境は相当きびしいものと言えます。 


2.南会津の医療


 福島県の「うつくしま保健医療福祉プラン21」のデータで、南会津地方の医療の現状をザッと見てみましょう。福島県には7つの第2次医療圏があります。この医療圏ごとに「基準病床数」というのが定められていて、その基準を超えるベッドがすでに存在する医療圏では、これ以上ベッド数をふやすことは原則認められない。そうして福島県内の医療圏のうちで基準病床数を満たしていないのは、唯一南会津地方だけなのです。つまりほかの地域では、新たに病院を建てたくてもなかなか作らせてもらえないのに対し、南会津では、まだ余裕があるのに病院が建たない、という現実があります。なぜ南会津の医療は後れざるを得ないのか、これを考える必要があります。

 外来患者の「自足率」というデータを見ると、平成13年度で伊南村は66.1パーセントです。(舘岩村の11.2パーセントは極度に低いですね。)会津若松市は94.5パーセントです。入院患者の自足率はどうかというと、南会津医療圏で37.3パーセント。患者の54.9パーセントは会津(若松)方面の病院に入院しているのです。

 県民意識調査で「地域の医療機関の配置状況に対する評価」を聞くと、南会津地域で「充足している」の回答は33.3パーセント、「充足していない」が63.7パーセントです。県内郡部の平均はそれぞれ54.2および38.4パーセントで、南会津の医療の現状に対する住民の不安は県内で最も強いことが分かります。

 医療の後れは「救急医療の未整備」というかたちで端的に表れていると思います。休日夜間救急センターがないのは南会津だけです。救命救急センターは会津若松の会津中央病院まで行かなければなりません。山間部の医療問題はいわば「距離の問題」でしょうから、距離を克服する手だてがないものかどうかを考える必要があります。ドクター・ヘリを飛ばす方法を試みているところもあります。ITによる距離の克服の可能性も追求すべきでしょう。また、倒れてから病院に担ぎ込むという事態を未然に防ぐという発想も大事かと思います。

 もう1つ、気になるのは町村合併の影響です。伊南村は合併して南会津町になりましたが、合併で僻地医療は改善に向かうのかどうか。合併した結果医療がますます住民から遠くなるようだと、合併した意味がありません。最近は産科や小児科で「医師配置の統合再編」が進められています。ばらばらに配置されていると個々の医師の体力がもたないので、数人を1箇所の病院に集中する。そうすれば輪番制で24時間体制が組めるというわけです。町村合併が行われると、引き続いて小中学校の合併統合が日程に上ったりすることがよくあります。医療についてはどうなのでしょうか。 


3.伊南地区の現状

 伊南村の高齢化率は40数パーセントに達していて、いずれ近いうちに50パーセントを越えるだろうと思います。「住民の半分が高齢者」という現実を、役場としてはどう受けとめるかが問われるでしょう。行政サービスを受ける住民の半分が高齢者というわけですから、行政全般の方向性がそれに規定されるはずです。いろんなサービスをまんべんなくこなしていることで良いのかということです。

 長野県泰阜(やすおか)村の村長が、個人的な意見だと断りつつ、タブー破りの重大発言をしたことがあります。泰阜村は合併せずに自立の道を選んだ自治体で、高齢者福祉に大変力を入れていることで知られています。が、地方交付税がどんどん削られる事態の下でこれまでのようにすべての行政サービスを続けていくことはもうできない。「うちは高齢者関連の仕事を重点にしていきたいので、その他の業務の一部を県にお任せしたい」という主旨の発言を村長さんがしたのです。これは、総合的行政主体としての役割の返上を申し出たようなもので、重大な発言です。国は、合併しない小規模自治体から権限の一部を取り上げる政策を検討しているようですから、まさに自治体の側からそれを先取りするような塩梅になります。私は、これはちょっとまずい発言だと感じました。

 とはいえ、高齢者が住民の半分になるという現実は、これまでどおりの行政のままでいいのかという問題を浮かび上がらせているとは言えます。むずかしい問題です。

 ところでさて、南会津地方ではなぜ医師の確保がむずかしいのでしょうか。農村部に医師、とくに若い医師が来てくれない理由はどこにあるのか。病院の給料を高くすれば医者は田舎に来てくれるのでしょうか。子どもの教育など家族の問題とか、先端の医療から立ち後れる不安とか、いろいろあると推測されます。これはいま伊南にいらっしゃるお医者さんに訊いてみたいものです。

 さらに、この伊南地区で、住民の健康に関する現状が十分リアルに把握されているかどうかも私は知りたいと思います。岩手県沢内村では、全村民のカルテを村立病院で集中管理するということをやりました。人口が少なく、病院が1つしかないのでできたと言えますが、伊南村ではどうだったでしょうか。1800人足らずの人口は、全住民の健康情報を把握する上では有利な条件です。医療ばかりでなく福祉についても、すべての住民をもれなく視野に入れることは不可能ではないでしょう。

 それから、大きな問題は「雪」です。特別豪雪地域である伊南地区で、「雪と高齢者」の問題は果たして解決されているでしょうか。もっと直接にいえば、記録的な豪雪に見舞われたこの冬を、伊南地区の高齢者はどう「乗り切った」かです。

 NHKのドキュメンタリー番組で、秋田県と新潟県の山間(やまあい)の集落が紹介されていました。年寄りばかりの集落で、80才を超えるような高齢者までが雪下ろしをしている。役場では公共施設への一時避難を勧めるのですが、住民は相談した結果、村に残ることにします。村を離れたら、自分の家がつぶれてしまうからです。豪雪地帯で集落を維持することがどんなに大変なことであるかと、私は本当に考え込んでしまいました。 

 さて、つい最近作成された「伊南村健康づくり計画−いーな 笑顔で輝く伊南21−」について触れておきましょう。これは村の多くの関係者が力を合わせた、素晴らしい実践の成果だと思います。「治療より予防」の考えにもとづいて、すぐにでもできることをやさしく提案しています。「身近な人と笑顔で挨拶しよう」「1日3回歯を磨こう」「ホッとする時間をもとう」「家族や友人と一緒に食べよう」など8つの目標を立て、さらにその中から3つの基本目標を選んで実行を呼びかけています。この素晴らしい計画が、その後どのように実行されているか、知りたいと思います。


4.地域医療・福祉の諸課題

 問題提起の最後に、一般的ではありますが、検討課題を挙げておきましょう。
 第1に「医療・保健・福祉の連携」です。沢内村で素晴らしい医療が達成された理由のポイントは、「医療と保健」言いかえれば「治療と予防」の連携です。たとえば村立病院の院長である医師が、すぐ隣りにある役場の健康課長を兼務するといった方法です。西会津町の「百歳への挑戦」計画も、「トータルケア」を基本に設計されています。いずれにしても、人の連携、施設の連携、そしてそのためのシステムの構築ということが課題になるでしょう。

 第2は「在宅と施設の連携」です。私は長野県佐久総合病院のナースステーションを訪問したことがあります。そこでは青い電話を1台置き、24時間体制でナースがついていました。亡くなるときは病院でなく自宅で家族に看取られながら、というのがそこでの目標になっています。高齢者福祉では「施設から在宅へ」ということが言われていますけれども、「施設も在宅も」でなければならないと私は思います。施設がしっかり在宅を支える体制を作っておかないと、在宅福祉も満足にできないのではないでしょうか。

 第3に「社会教育の課題としての医療・福祉」ということを申し上げたい。沢内村の先例にならっていろんな自治体が同じようなことをやりましたが、なかなかうまくいかなかったそうです。なぜそうなのかについて、ある人が「社会教育の違いだ」と指摘していました。医療や福祉は社会教育の課題だ、という視点は高齢社会にはいよいよ重要になっていくに違いありません。私は、これからの健康作りの秘訣は「食+運動+笑い」だと考えますね。とくに「笑い」の効用に注目したい。涙がでるほど笑うことくらい体にいいものはないですね。
 最後に「医師確保の具体策」です。過疎農村地域で医師を確保するために、ポイントになる条件は何なのか。患者不足?教育環境?刺激不足?情熱不足?・・・・一緒に考えていきたいと思います。 




意見交換から(文責清水)
    
■他の地域では、基準病床数(当初は必要病床数と呼んだ)の設定に際して駆け込み増床があった。合併で僻地医療がどうなるかという心配が示されたけれども、これからは伊南だけで考えるのはやめたほうがいいだろう。医師が不足する問題については「困難さを和らげる」ことが必要だ。たとえば「替わりがいないので休めない」といった困難を和らげることだ。平成19年度からは県立医大で、研修医も乗せたドクターヘリを出す計画になっている。南会津の医療施設配置への住民評価が低い点だが、平成3年度と13年度を比較すると改善はしている。また平均寿命をみるなら、男女とも一番長いのが南会津だ。後れている話だけでなく、明るく考えてもいい。西会津町については「トータルな行政力の高さ」を感じる。

■50年前に比べると医療の現状は驚天動地の変化だ。昔は外科疾患では手術ができず死亡することもあった。産婦人科が足りないというが、昔はお産は産婆がやったものだ。お産は病気じゃない。管内に2つの助産院がある。産婆をふやせばいいのではないか。

■助産婦の資格をもっている保健師でも、検査はできない。妊婦の検診は医師の仕事になる。

■お産の際に出血多量があったりするのを心配して設備のある所で出産をしたがる。産婆さんに任せて万一のことがあった場合に「いまの医療なら助かったはず・・・」と言われてしまう。ドクターのフォローが必要だ。設備がないと今の患者さんは納得しない。お産は病院でするもの、と今の40代前半より下の人は思いこんでいる。 

■私は3人の子どもを田島の助産院で産婆さんに取り上げてもらった。不安さえなくなればいいと思うのだが。

■私自身が将来子どもを産むとして、助産婦の所で産むという考えは正直なかった。産婆さんという存在についても考えたことがない。

■助産院で産むということがトレンドになっている面もある。しかしそれしかないというのではまずい。選択肢のあることが大事だ。衛生上の問題もある。

■若い医師が僻地に定着しない理由は痛いほどよく分かる。臨床は大変で、研究畑から遠くなる。いわゆる3Kで、とくに小児科などは大変だ。情熱がなければもたない。家庭の問題、とりわけ子どもの教育問題がネックになる。だから若い医者ではなく、都会暮らしに疲れた中年の医者が、子どもが独立したあとに、セカンドライフとして農村の医療にあたるというのがいいのではないか。

■伊南のクリニックは今は内科と整形外科だが、できれば小児科があってほしい。婦人科は設備がいる。

■30年ここにいた経験から言って、伊南のお年寄りは、全体的にみて仕合わせだと思う。高齢者の自殺率はここは低い。

■雪については、今度のような大雪でも住民はいまさらびっくりはしない。雪下ろしは大変なので役場で費用の援助をしている。下ろす人の斡旋もしている。身内が近くにいない独り暮らしの高齢者28人を重点的に援助している。

■いくら長くここにいても、やはり「冬がなければいい」と思う。冬になると逃げ出したくなる。

■雪さえなければ住みやすい土地だ。年寄りは、雪でお金がなくなってしまう。

■大雪だと住宅が破損して修繕費もかかる。

■独り暮らしをしているが、雪が大変なので「アパートに入りたい」と思う。

■これからもっと空き家がふえる可能性がある。空き家は雪でつぶれてしまう。私の集落は30戸あるが、10年もたてば半分に減るのではないか。

■夢みたいな話だが、住民が一箇所に集まって大きなアパートに一緒に住む、といった方法もありうる。

■北海道には集落再編で実際にそうやっている町がある。

■「い〜な」は村の人がみんなで作った。作る経過の中で、伊南村がよく分かった。家の中に閉じこもっている老人が問題だと感じた。食生活改善委員、民生委員、保健協力員で家庭訪問をしている。計画実施の成果はまだはっきり出ていないが、平成12年からヒザ痛運動を始めて、医療費が下がったというようなことはある。

■血圧計を家庭に常備して毎日測る習慣をつけるといいと思う。

■治療より予防、社会教育が大事、という話だが、総合型地域スポーツクラブづくりを進めている。県から指定を受けて3年目になり、今年、組織を作らなければならない。クラブでは老若男女が、必ずしも競技をするのでなく楽しみながらいろんなスポーツをする。伊南地区でも2000万円くらいの医療費節減効果が望めるという試算がある。

■スポーツクラブの組織の立ち上げは、ぜひ今回のまちづくりプロジェクト事業として取り組んでみたい。

■舘岩村では、60才になったときにゴーマン杯の10キロマラソンに参加するという目標を立てている。地区としてのそうした目標が立てられればいいと思う。


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